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2013年7月20日 (土)

戦跡の生き証人

毎日新聞の記者さんより、保内に残る戦跡と、その生き証人の取材をしたいとの要請。

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昭和20年3月18日のお昼頃、小規模ながら保内町川之石は空襲を受けた。川之石にある国の有形登録文化財内之浦公会堂は、その時に受けた米軍機の機銃掃射あとが今も天井に残る。
吉本さんは、大正4年生まれの98歳、今もカクシャクとしてご壮健。
当時、内之浦公会堂の斜め前のご自宅で、空襲をご体験され、その体験談を記者にご説明。ちなみに、吉本さんは、戦前朝鮮にあった宇都宮莊十郎経営の鉱山会社にご勤務されていたとか。

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午後からは、昭和3年生まれの85歳お二人と、昭和4年生まれの84歳合計年齢254歳お三方を商工会にて、座談取材。
まあ、とにかく皆さんお元気。記憶もはっきりしておられ、68年前の事を昨日のようにご披露。
爆弾が落ちたこと、空中戦があり、米軍機が佐島に墜落したこと、爆弾や機銃掃射で住民3名が落命されたことなど、生々しく証言頂いた。話は尽きず、放っておいたら明日の朝までかかっても終わらなさそうな勢い。

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そのお一人は、その3月18日のあと、ご自宅裏の畑で拾った薬莢を大事に持っておられた。アルファベットとアラビア数字の刻印から、おそらく米軍機のモノと推察。
本日の取材者4名の合計年齢は、352歳。貴重なお話を頂いた。
記事掲載は、7/30の毎日新聞

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