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2008年1月20日 (日)

昭和十年代の陸軍と政治

080120_rikugun-軍部大臣現役武官制の虚像と実像-
二・二六事件後の広田内閣で復活した軍部大臣現役武官制。陸海軍大臣はそれぞれ陸海軍の大中将でないとなれないとした制度。
この制度により、軍部(特に陸軍)が政権のキャスティングボートを握ったため、軍部によって日本は戦争に引きずられたとする。司馬遼太郎はコレを魔法の杖と呼んだ。

軍部の陰謀によって日本は戦争の道を進んだ。と、戦後いわれがちだが、戦前の新聞資料など見ると、新聞は非常に扇動的で好戦的。そんな新聞でないと売れないからで、つまるところ、世論が非常に好戦的だったわけで、決して軍部の陰謀に世論が引きずられ、だまされたのではなかったと思う。

私見ながら、良識的な意見を弱腰とののしり、やたら戦闘的なマスコミと、冷静で深い考察が乏しかった戦前の世論とにこそ問題があったと思う。

その本質は今も変わっていない。

本書は広田内閣から米内内閣の崩壊の過程を詳細に検証し、従来の説を完全に否定する読み応えのある内容。

広田内閣で復活した軍部大臣現役武官制は、当時の実力陸軍次官梅津美治郎が、二・二六事件後の陸軍粛正を目的に導入。その主な目的は事件の黒幕と疑われ予備役に編集された真崎甚三郎、荒木貞夫らの復活を阻止する事にあった事実は今まで見過ごされがちだったと思う。

従来、宇垣内閣の流産、米内内閣の崩壊などは、陸軍がこの制度を最大限利用した悪例といわれるが、これらはシステム上の問題などではなく、政治的な権力闘争こそがその本質であった事が実証されていると思う。

軍部大臣現役武官制が復活しなかったとして、軍部が否定する人物を大臣に据えて、陸軍、又は海軍という役所が機能したとは考えられない。

特殊法人合理化という題目を大臣がいくら唱えても、役人がその気にならなければ一向に進展しない事を見てこの想像が的外れでない証明であると思う。

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