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2006年7月25日 (火)

残念なこと

夏と冬、町内文化財のライトアップをしている。それに合わせ、今年は美名瀬橋の欄干4カ所にキャンドルランタンを置いた。

昨年はただロウソクを置いただけだったので、すぐ火が消えて失敗だった。

今年は手頃なモノを見つけたのでキャンドルランタンを購入した。

点灯してみるとまずまずだった。

1週間たらずで一度に4個とも紛失した。ひょっとしたら、欄干から落ちたのたかのかも知れないので探してみた。

が、跡形もなく4個とも紛失した。(-_-メ)

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2006年7月24日 (月)

「開戦前夜」

「開戦前夜」児島襄(著)
日米開戦前1年間のドキュメンタリー。駐米大使として日米交渉を担った野村吉三郎を中心に、開戦に至るまでの経緯が児島襄(のぼる)ならではの緻密な取材と詳細な記述で語られる。

野村吉三郎は、和歌山の人。海軍兵学校卒、海軍大将で退役。その国際的視野の広さを買われ外務大臣を務めた。後に乞われて駐米大使に就任したのが日米開戦の1年前。歴史の歯車が大きく回転する中、悪化する日米関係を改善するには余りにも無力であったというのが正直な印象。

再三の大使就任要請を固辞し続けていた彼が、ついに就任の決意を固めたとき、海軍大臣米内光政の忠告は、「二階に上げておいて梯子をはずす輩が多いのでご注意を。」というものだった。

大きな譲歩案も目新しい提案もなく、手持ちのカードは無いに等しい条件で、和平交渉がまとまる見通しもなく、結果として梯子をはずされたに等しい仕打ちを受けた。

ひたすら誠実な態度で交渉に臨む野村大使には厳しい評価の向きもあるが、何よりろくな交渉カードを用意できなかった時の政府の責任は重く、人選そのものについてもその責めは政府にある。

加えて、対独参戦の方策を模索する米国は、ある時期から参戦を見据えた外交交渉に転換していたと考えられる。

野村大使の努力は、皮肉なことに彼の後輩たちである日本海軍の真珠湾奇襲攻撃による日米開戦という形で終わる。加えて、彼の同僚、部下である外務省 事務方の怠慢としか言いようのない単純な不手際により、開戦後に最後通告を手交するという道化役まで担わされている。野村大使は、最後通告を手交した後、 ハワイ奇襲攻撃の事実を知らされたという。

時の外務大臣松岡洋右(まつおかようすけ)は日独伊三国同盟の推進者であった。三国同盟米英との決定的対決を招くとする反対論者に対し、「三国同盟」による強い姿勢が米英の譲歩を引き出す、それが和平への道を開く。」と答えたという。松岡は戦後、A級戦犯に指定され、巣鴨拘置所に収監されるが、持病の結核が悪化、東京裁判の結審を見ることなく病没する。

幼いころ渡米して苦学を重ねた松岡は、米国を冷静に理解した人というより、米国に対する敵愾心を身につけて帰国したかのような印象がある。そんな彼を外交の中枢に据えたことは大いなるミスキャストではなかったか。?

日米開戦のスイッチを押したのは東条内閣だが、その導火線を敷いたにも等しい近衛内閣の責任は重い。

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2006年7月23日 (日)

鈴木敏文

060723_suzuki_1コンビニエンスストアビジネスを日本で成功させ、経営が行き詰まった本家セブンイレブン(米国)を再建、現在もセブンイレブンの独走を牽引する、セブンイレブン会長兼イトーヨーカドー会長鈴木敏文氏の思考方法を解説した本。某アントレプレナーご推薦、試しにユーズド価格にて購入。

セブンイレブンが、他社の追随を許さない強さの理由が、豊富な具体例をとともに紹介されている。成功例・失敗例共に仮説とその結果検証とに重きを置くビジネスモデルの実例は、小売業界に限らず、商売に関わる人にはとても面白く読むことができると思う。読者の能力次第では大変参考になると思う。

単純に「なるほど〜」と感嘆するだけでも読む価値あり。か?

これをご推薦のアントレプレナー。
生かしきれとるかな〜?この本。(^_^;)

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2006年7月22日 (土)

復旧

060722_nazaka今朝6時に復旧、ということは当然ながら関係者は徹夜作業。
感謝。(・_・)(._.)

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2006年7月21日 (金)

060706_1雨具購入。
職場のコラムニストAさんが携帯で撮ってくれたが、ボケボケ。(-_-)
「せっかく撮ってやったのに〜、はよ使え〜、使え〜。」とおっしゃるのでアップ。
アッパー&ミドルのアイドル。機械ものには弱い。(T.T)

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2006年7月18日 (火)

戦艦大和ノ最期

戦艦大和ノ最期(吉田満著)
著者は昭和19年東京帝大法科を繰り上げ卒業、大和の特攻出撃に、海軍少尉、副電測士として乗艦、九死に一生を得て生還した。戦後、日本銀行に勤務し役員まで務めた人。ひょんなことから奥さんが当地出身と聞き、再読してみた。
戦後数日で書き上げたという簡潔な文語体で、実際に戦闘に直面した兵士たちの行動、葛藤が語られる。

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2006年7月13日 (木)

研修

060713_mailpark年に1回、百数十人が一同に会しての研修。残念なことに、この中に女性はただ一人。
男女雇用機会均等が云われて久しいが、この有様。

ここに座っている人よりも数倍能力を発揮し、前向きに努力する女性の具体例を知っているが、彼女にはここに参加する資格を得るチャンスすら無いに等しい。

活性化変革、よく耳にするが、自己変革、自己活性化が一番難しいという実例の一つがここに・・・。

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2006年7月 7日 (金)

文化財

070707_soko現在は製材所となっている旧東洋紡績川之石工場レンガ倉庫
かつての偉容を偲ばせる数少ない建造物。近くによって見上げるとその迫力に圧倒される。このレンガ倉庫が、旧工場の一番端っこの一部分であった事を思えば、全体の規模は想像を絶する。
敷地内に入ると、巨人の国に紛れ込んだガリバーの気分が味わえる。

060707_esansyuこちらは木造3階建て、国の登録文化財である建物の横の茶色いエアコン室外機、最近設置された。

建物所有者の社長が、「白い室外機は合わんやろ」と、わざわざ、塗装業者に塗ってもらったとか。費用が余分にかかったことは云うまでもない。

歩キ目デス「O」さん始め、種を蒔いた人たちの苦労が結実しつつあるのを目の当たりにした気分。

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