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2006年3月30日 (木)

新調

060330_takeru文化庁の助成を得て新調なった「日本武尊」本日ご帰着。
申請に際しては「nちゃん」に負うところ大。

こちらは「ダメモト」だったので、全く遠慮のない金額を申請、申請書一式なども、最終稿はすべてお任せとした。彼女は静かなる情熱?でもって事を処理、助成決定の通知を見た。

本人はナニも言わないが、こちらにはあまり無理な相談などなかったので、何かと迷惑と手間をかけたことと思う。
あらためて感謝。<(_ _)>

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2006年3月25日 (土)

町並み散策

明日はOさんが松山から20人ほどお客さんをお連れしての町並み散策のお供。の予定が、
「今日だったそうです。(==;)」
とnちゃんから緊急Telを受け取ったのが、行きつけの歯医者さんの診察台の上。こっちは特に支障なく変化に対応できたが、訪問予定先への連絡にnちゃんは大わらわ。060325_ryuukoku
Oさん本人も今朝は宇和島に。まあ、何とか都合はついて町並み散策が始まり、まずは銅山跡のの見学から。

午前中は滞りなく予定をこなし、散策は午後の部へ。Oさんはサービス精神の豊富な人で、これも知って欲しいあれも見て欲しいと、いつもてんこ盛りなもんで予定はいつも遅れがち。

今日もやっぱり午後からのスケジュールは遅れ気味。
スケジュールより遅れとるのに気づくのがいつも遅いですよねぇ、Oさんは」と、一緒にお供に加わったS学長に言うと。

いや、彼にそんな気はないんだよ。
彼はサービス精神が旺盛だからね、予定とか、時間とかさっぱり忘れちゃうんだよ。

とおっしゃった。
今日も訪問予定先のお寺の和尚さん、しびれを切らしてか、我々一行が到着したときはすでにどっかにお出かけ。

天気予報とOさんのタイムスケジュールはアテにはできません。(^_^;)

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2006年3月21日 (火)

「日本外交とは何か」

060321_nihonngaikou先に読んだ「外交官の仕事」と同じく元キャリア外交官の書いた本。こちらは、黒船以来の日本外交史。両書ともに、外交は自国の価値観、文化、政治、経済を踏まえた総合的戦略が必要という結論が導かれる。新渡戸稲造著「武士道」を再読しつつ読んだのも面白さ増幅の一因か・・・。

攘夷派に翻弄されながら外交問題を処理せざるを得なかった旧幕府の外交、軍部に主導権を握られっ放しで満州事変から日支事変、第二次大戦へ引きずり込まれた昭和の外交。いずれも理念無き外交が国家に悲劇と惨禍をもたらした当事者の罪は重い。成功例とも云える日清、日露両戦争を外務大臣として外交政策を主導した陸奥宗光、小村寿太郎に対しても、「当初から戦争を仕掛けようとしたフシがある。」と、著者の評価は厳しい。

真の国際化への道はまだまだ遠い・・・。

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2006年3月19日 (日)

金比羅神社

060319_konpira01恒例の金比羅神社の「ぼんぼり」取り付け。好天ながら北よりの強風のため、汗をかくこともなく作業は進捗する。
地元有志「金比羅会」のご尽力で例年この時期、参道階段の桜並木にぼんぼりを取り付ける。肝煎りのS社長、宮司、歯科医のU君、T君、電気工事担当のYさん。平均年齢は若くはない。
桜のつぼみは一杯にふくらんでおり、数日中に開花の報にせっすることは間違いない。往時には花見060319_konpira02客で一杯になったこの界隈、忘れ去られた感がなくもないが、その方むしろオモムキがあって良いとも思う。

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2006年3月 2日 (木)

間一髪^^;

本日正午頃、歩き目デスOさんよりTel。

旧東洋紡績工場跡地の煉瓦塀が壊されとるらしい、至急現地調査を。

060302_rengabei 大手蒲鉾メーカー移転に伴い工事が始まったのは承知していたが、うかつなことに壁がどうなるか気にもとめていなかった。駆けつけたところなるほど壁の一部はすでに瓦礫と化している。早速Oさんに報告。

敷地奥にある戦前に建てられた国旗掲揚台はどうなっとるか?それも大変な気がかりぢゃ。

との事。蒲鉾メーカーのS社長は個人的に知らない方でもないので、思い切って直截Telをした。ご無沙汰の失礼を謝しつつ本題を切り出したところ、

どうしても一部壊さなくてはイカン部分はあるが、それ以外の煉瓦塀は壊さず残す。

とのご返事。加えて、

奥の国旗掲揚台は貴重なモノじゃないんか?壊す予定やが、いるんやったらあげるケンとりに来なさい。

取りに来いといわれても( ・_・;)内心焦ったが、とにかく段取りをつけますからよろしくお願いしますと、Telを切った。
060302_keiyo01 さて、どうしたモノか思案を巡らし、とにかく専門家に相談するに如くは無し。元青年部長I社長にTelしたが今日は忙しい様子。と、突然S社長来訪、ご挨拶もそこそこに本題を切り出すと、

現場責任者には話をしといたからすぐに行って掲揚台を持ち帰る段取りをしなさい。早うせんと壊してしまうらしいぞ。

後で気づいたが、今日中には解体予定であったのをS社長が現場に急行し、指示をしてくださったらしい。とにかく現場に駆けつけ、責任者のM部長さんを見つけご挨拶。

S社長から聞きました、どうしたらエエですか?

060302_keiyo03 どうするかの段取りは未定の旨正直に話して工事の予定を聞くと、今日中に全部壊して更地にする予定で、重機の手配もつけたところ。とのこと。まさに間一髪、OさんのTel、S社長の判断、その他諸々がとにかく半日遅れていたら掲揚台は跡形もなかった。(^.^;

とにかく、今日か明日には回収に来ます。(と、後先を考えず)約束をして、掲揚台を実測、記録をとる。
掲揚台をとりあえず取り置く段取りをしてくださった上に、手ぶらで現れた小生にいやな顔一つせず、メモ用紙、メジャー、ボールペンを貸してくださったM部長に、工事の邪魔と、余分な手間をかけるご迷惑を謝し、(ナントカI社長に無理やり頼むしかないなぁ)と思案しつつ事務所に帰ったのは午後4時前。

皆さんにご迷惑をかけた事ながら、さて、どうしたモノか、こいつを・・・。060302_keiyo02

ちなみにこの国旗掲揚台、文字は「勤労報國」とあるので戦前のものらしい。一時は東洋一の規模をほこった東洋紡績川之石工場の姿を今に伝える数少ない遺物の一つ。

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