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2006年2月26日 (日)

日土小学校の事

hiduti01 松村正恒さん設計の小学校。DOCOMOMO100選に選ばれた建物。平たく云えば、世界自慢する日本の近代建築を100選んだうちの1つという事。
たしか当初は20で、のち追加して100になったと記憶。で、日土小学校はその15番で選択に際しほとんど異論はなかったと側聞した。

DOCOMOMO(ドコモモ)とは、正式名称をThe Documentation and Conservation of buildings, sites and neighborhoods of the Modern Movementといい、モダン・ムーブメント(近代運動)やその理論的基盤であるモダニズム(近代主義)に歴史的価値を認めそれに関わる建物や資料を保存する意義を訴えることを目的とする国際組織です。
http://www.docomomojapan.com/index_jp.html

数年前、見学会に参加した。
老朽化が進み、学校当局者にとっては何かとご苦労が多いらしいが、素人ながら、簡単に解体立て替えに決するにはもったいないと素直に思う。

balcony02 校舎背面に位置する川に面したバルコニーは、そのスジには大変有名らしい。川にせり出しているためホントは違法建築らしいが、教育環境の必要性から松村さんが押し切って法的根拠が曖昧なまま(と、云うか違法を承知で?)作ってしまったものらしい。balcony01当日は盛夏であったため、川風が特に心地よかった。

校舎内部は明るく、採光とともに風通しをよくする工夫が随所にあり、見学会が夏の盛りであった事も手伝ってか、爽快な開放感に浸る。

hiduti09 見通しの良い空間デザインの理由は、採光性安全性の要求を満たすものとか。子供はとにかく”無闇に走り回る”から廊下、階段など特に見通しをよくして、子供たちの”出会い頭”衝突事故防ぐための工夫と聞いて一種感動(O_O)を覚えた。

教育に関する研究をベースとした周到な設計思想に触れれば触れるほど、門外漢ながら素直に感嘆せずには居られない。

明日27日「第3回日土小再生検討委員会」が開催され、解体新築か保存改修かの大まかな決定が下されるとか。

二宮忠八よりは松村正恒の方が国際的評価は定着していると思うがどんなもんぢゃろう?

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2006年2月24日 (金)

外交官の仕事

060224_gaikoukan毎日新聞日曜書評欄で見つけた本。この書評欄は気に入っている。かの丸谷才一先生が主幹となり、今までにない書評欄を作るとの意気込みで企画されたとか。企画は見事成功、書評欄自体が書評されるほどの人気コーナーとなり、他紙も体裁を真似るほどになってきた。
しかし、体裁だけ真似できても内容まではナカナカ・・・。(-.-)

「外交官の仕事」
元キャリア外交官であった著者が、外務官僚、特に在外公館に勤務する外交官や事務官たちが日々どんな仕事をしているかを具体的に紹介している。その上で、外交の重要性、内政との関連、日本の外交政策への提言といったことにも話は及ぶ。例の外務省のラスプーチンと呼ばれた人が絡んだ事件への批判とおぼしき記述もちらり。

外交は、自国民の価値観、文化、政治、経済などバックボーンが重要と思う。一部の人々による小手先のテクニックだけでは話にならない。外交を司る役所のことを、欧州、特に英国の政治システム(議院内閣制)を導入した日本では、The Forein Affairs(外務省)と呼ぶ。他の国もほとんどこう呼ぶ。米国はそれをAffairs of State(国務省)と呼ぶ。彼の国にとって外交政策の位置づけがどこにあるかわかるような気がする。

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2006年2月20日 (月)

ハナちゃん

060220_hana伊藤家ご令嬢ハナちゃん。ちょっと顔見知りするタイプだが、慣れるとごらんの通り。今日はしきりに「タイタニックポーズ」をとって「見てぇ〜、見てぇ〜!」と連呼、ご満悦のひとときである。

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2006年2月19日 (日)

老舗

060211_owariya”本店尾張屋”京都市中京区にある蕎麦屋。
大阪は”うどん”のまちだが、京都は”蕎麦”屋が多い。ここもその老舗の一軒、応仁ノ乱の前年に菓子司として創業したのがその始まりとか。店のパンフレットに創業五百四十余年と謳っている。にしん蕎麦も捨て難いものがあったが、”ぬく盛り鴨せいろ”を注文、久しぶりに旨い蕎麦を食った。隣の席には外国人と思しきお客さんが・・・、すかさず店員「英語メニューをお持ちししまひょか?」と尻上がりの京都弁でさらっとおっしゃった。(・0・)

060211_kato加藤漬物店
裏通りの一角に唐突に建っている。保存料は使用していないので一般客には小袋に小分けして販売。店内は、黒光りするほど磨き込まれた太い梁に柱が古色を放っている。揃いの藍染めの袢纏に身を包んだ店員さんが応対、菜種漬け、カブ漬け、こかぶ漬けを購入。京都市民お勧めの一店。

060211_ippo一保堂
黒塗りの土蔵造りの店構え、店内には古色蒼然とした茶壺が整然と並ぶ。従業員は皆さん白衣、特に女性は頭を白く包んだ給食当番のようなイデタチ。100g○千円もするお茶は手が届かないので、”一保堂”謹製の焙じ茶を購入。帰宅してバッグを開けると焙じ茶の香りが立ち上った。

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2006年2月18日 (土)

余裕・・・

060218_kai3今週中頃より貝掘り(潮干狩りをこの地方では昔はこう言った)の人がチラホラ。今日など結構気温が低いので水辺は風も通るし寒かろうとは思うが何人か熱心な人がいらっしゃる。
毎年、シーズン前に役場(今年からは市役所)が貝毒検査を実施するのだが今年はどうだったろう。昨年は貝毒検査に可能な量が確保できなかったため未検査だった。
ここのアサリは稚貝を撒いたりしていない全くの天然モノ。従って入漁料などは必要ない。そのせいもあってか結構遠来の人々を見かける。地元の人も含め皆さん結構小さい貝もお持ち帰りになるので、近年は総じて小振りなモノが多いようである。

小さいヤツは、「大きくなれよ2~3年後取りに来るケンな」と云いつつリリースする気持ちの余裕がほしいと思うが、熱心な方々はそうでもないらしい。「来たからにはタダでは帰れんワイ。」と仰る人が少なくない。(--;)

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2006年2月16日 (木)

LEICA

kyotom01最近デジカメにもライカやカールツァイスといった高性能レンズを搭載したモノが出てきた。ライカカメラは高嶺の花だが、デジカメなら何とか手が届いた。レンズはLEICA VARIO-ELMARITである。歪みのないシャープな描写と思う。気のせいかも知れんが・・・。
「京都国立博物館」kyotom02
東京の迎賓館を設計した片山東熊の手になる明治28年竣工の建物。欧米に必死で追いつこうとしていた日本の背伸びぶりがうかがえる。奈良・平安時代の人々にも通じるモノを感じた。

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2006年2月14日 (火)

伊藤家

060214_itoufam留学生のアンを囲み夕食。遅くまで失礼いたしました。この前招待を受けたのは確かクリスマスイブ。こういうタイミングで招待され、先約がないのも情けないことではある。(T_T)

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2006年2月13日 (月)

一死、大罪を謝す

060214_ananポツダム宣言を受諾した鈴木内閣で陸軍大臣を務め、昭和20年8月15日未明、「一死ヲ以テ大罪ヲ謝シ奉ル」の遺書を残し割腹自決を遂げた阿南惟幾(あなみこれちか)陸軍大将の伝記。

阿南大将については、半藤一利の「聖断」「日本で一番長い日」などで描かれた部分については承知していたが、侍従武官時代、昭和天皇に特に愛された逸話もある人で、終戦時の頑なな態度どうも一致した人物像が浮かんでこず何か良い本は無いものかと探していた。

角田房子さんの閔妃暗殺 (新潮文庫)を以前読み、緻密な論証と抑制の利いた記述に好感を持っていたので、期待をもって電子書籍版を購入。予想に違わず、阿南大将と当時の環境を丹念な取材と冷静な筆致で描いた力作。

陸軍を代表する陸軍大臣として、あくまで”国体護持”を目的とした”本土決戦”を主張しながら、本心は、速やかな和平を望む昭和天皇の意向を実現すべくその身命を賭した、高潔無私な人柄であった事が良く分かる。阿南大臣でなくては帝国陸軍の統制はあんなに上手くはいかなかったという、当時の人々の述懐も尤もな事と思う。

  • 当時、天皇を元首とした明治憲法下の体制を守ることを”国体護持”と言った。”天皇制”という言葉は、戦後左翼的立場の人が戦前の体制を批判するのに用い始めた言葉。最近、自民党の超保守派の人々もしきりに”天皇制”という言葉をご使用になる。

それにしても、軍部を中心とした当時の人々の硬直した思考性には嘆息を禁じ得ない。阿南大将とて例外ではなかったろう。明治以降の日本の教育が柔軟性と多様性を重要視していなかった事をつくづく考えさせる。そして、その弊は今にも続いていると思う。

ちなみに、先年中国内の日本領事館への駆け込み亡命事件で話題になり、結果駐中国大使を更迭された阿南惟茂さんは、この阿南大将の末のご子息。

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2006年2月12日 (日)

菜の花忌

shiba_02八戸ノ里にある司馬遼太郎記念館。
一度は行ってみたかった場所の一つ。お客さんが多かった、流石は司馬遼太郎と思った。ボランティアスタッフの方が沢山、交通整理やら接客やら、帰りには各自に菜の花のお土産。

昼前に講演会があるらしいが、帰りの飛行機の時間もあるので、抹茶セットを喫し帰路につく。shiba_01
帰りの飛行機で新聞を見て気づいた。今日が「菜の花忌」だった。
年中来館者に菜の花のお土産があるわけもなく、ボランティアスタッフや来館者が妙に多かったのも納得。(^_^;)

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2006年2月11日 (土)

京都訪問

 今回の訪問の目的は、株式会社福田人形店への訪問にある。地域伝統文化継承事業をうけ、内之浦の山車人形(日本武尊)を修理をすることとなった。
060210_takeru  この人形、来歴が定かではない。いつ、誰が作ったか、等々。ハッキリしているのは人形を保存してある木箱の箱書き。「於、京都井上商店之修繕 昭和十二年」とあるのみ。

 戦前のモノに間違いはないが、そうなると人形がまとっている錦の直垂はかなり高価なモノに違いなく、これの修繕または新調となると大変な出費となる。と、役員一同頭を痛めていたところ、上記の補助事業の話。

 申請締め切りまでにあまり時間がない中、市役所担当者nちゃんはじめ、福田社長その他大勢のご協力を得て何とか補助金交付決定に漕ぎ着けた。

 福田社長と一緒に修理中の人形を拝見。すると、右太ももの部材に使っている新聞が目に付く。日付を見ると「京都日々新聞 昭和12年8月・・・」これはこれで面白い資料、新聞は別に保存するようお願いし、今後の段取りの打ち合わせ。

 福田社長の感想として、衣装、人形の顔などかなり良い仕事とのこと。ただ、胴体内部には釘を使用している箇所が多々あり、これほどの良いモノにしてはもったいないなぁ。と。

 衣装はほぼ織り上がり、手の修理も完成間近、3月10日前後には完成とのこと。後は申請書類作成に取りかかるばかり。

 トロリと舌先で溶ける様な味わいの湯葉と、風味豊かな湯豆腐を中心とした京料理をご馳走になった後、福田人形展を辞し、一路京都国立博物館へ向かったのが昨日。
060211_syouren
 今日は、京都在住経験のある友人をガイド役に終日全くの個人的趣味の観光に没頭。東寺、東福寺、建仁寺、青蓮院門跡・・・。
 これは青蓮院門跡での一枚。ちなみに門跡寺院とは、親王が住持となる格式の寺の事。ところがその格式がアダとなり、戦後はナカナカ大変らしい。つまり、そういう格式のお寺は檀家が無い。葬式やらお盆回りやらの収入が無いと寺の経営は苦しい。寺の後継者問題も・・・。

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2006年2月10日 (金)

京都国立博物館

昨年に続き再び観覧。常設展の日本刀コーナーにて左文字の太刀を実見。これは、桶狭間で今川義元が討ち取られた際佩用していたもの。信長の命でその来歴の金象眼が、誇らしげに施してある。200602101752000.jpg

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2006年2月 9日 (木)

心を打たれる講演

久々に胸に響いた。「中川政雄」さん。大阪は八尾の人、河内のおっちゃん。
地元の高校を卒業し地元の信用金庫に入庫、ご本人の弁によればまったくのダメ人間が、ある上司との出会いをきっかけに大変身を遂げ、人生は急展開。28歳で全国最年少店長に、以来営業畑で累進、役員まで務めた。
迫力満点の語り口に負けず劣らず迫力満点の人生。彼と彼の周りの人々のエピソードの数々が胸を打つ。

その胸打つ講演会の翌日、私は業務多忙の職場を尻目に休暇を取り空路伊丹を経由し京都ヘ。

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2006年2月 5日 (日)

村治佳織

060205_murajiギターソロのコンサート。「ゆめみかん」は良く響き、村治さんは素直でシンプルな演奏、よろしゅうございました。ギターで聞くドビュッシーも良かったし、良く鳴るスペイン生まれのギターにはラテンが似合います。

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2006年2月 4日 (土)

「私はニッポンを洗濯したかった」

060205_takemura 八日市市長、滋賀県知事をへて国会議員、新党さきがけ党首、細川内閣の官房長官、村山内閣の大蔵大臣。2度の大病を患い、落選、引退した武村さんの政治家としての自伝。毎日新聞の日曜書評欄を見て購入。

アッサリしすぎたきらいもあるが、期待に違わず十分面白かった。もっと濃いめに書いて欲しかったのは、

  • 細川護熙首相のナニ考えとるのかよく解らんとこ
  • 小沢、市川コンビとの確執、小沢一郎の豪腕ぶり

でも、武村さんは人間的に出来てる人なので、さりげなく記述するのに止めてらっしゃる。それでも充分に上記2点は伝わるが、ホントはもっと言いたいことがあったろうなぁと勝手にこっちは思う。

 それにしても、先にさっさと引退し、伊豆で陶芸をしながら隠遁生活を送り、その陶芸作品もプロとしてナカナカ評価も高いという「細川護熙」さん。
 室町幕府以来の名家にして、古今伝授を受けた戦国大名細川幽斎の末裔、五摂家筆頭近衛家にも連なるお血筋。(外祖父は近衛文麿元首相)

凡庸に身には計り知れない奥深さが垣間見える。この人のホンネの自伝こそ読んでみたい。

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2006年2月 1日 (水)

永年勤続表彰

060201_syojyouアッパーミドルのアイドルAさんが、20年永年勤続表彰授与される。
町内外を魅了し続け20年お疲れさまでした。今後もますますのご活躍をお祈り申し上げます。

副賞の砥部焼きの向こうでほほえむAさん。060201_tobe

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