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2006年1月25日 (水)

「東大落城」読了

060125_rakujyou コワモテ初代内閣調査室長佐々淳行さんの縦横無尽の活躍が、縦横無尽の筆さばきで描かれる。時代がかった表現や、衒(てら)いなく披露される自己賞賛などは、読んでいてコッパズカシイものがあるが、全体的にテンポが良く、躍動感があふれる。

  警備を担当した側からの小気味良い論理は、正々堂々として明るい。当時の社会背景や、彼らが直面した事件は決して痛快なものではないが、第一線の当事者達が治安維持に正命を賭して取り組んだ姿はすばらしい。

それに引き換え、学生と真摯に対応する当事者能力を欠いた大多数の大学関係者の無責任振りには驚かされる。当初の学生側の要求は比較的穏やかで、充分妥当なものが多かったにもかかわらず、無分別な対応に終始し、事態の悪化を招いた責任は重い。

一方の学生側もその闘争エネルギーの方向を内に向け始め、内ゲバ(左翼陣営の暴力的内部抗争を当時こう呼んだ。ちなみに”ゲバ”は”ゲバルト”独語で”戦う”の意)にのめりこむ左翼過激派はあまりにも暗い。左翼陣営はやがて浅間山荘事件へと自己崩壊の道をたどっていく。060125_asama

  同じ著者の「連合赤軍あさま山荘事件」を読めば、1960年代~1970代の時代が見えてくる。同書の中でご本人は、戦国武将で織田信長の馬廻役でもあった佐々成正の末裔で、西南戦争で熊本協同隊として参戦した佐々友房の曾孫か玄孫と名乗っておられる。喩えが時代がかるのも致し方なし、か?

 その血からか、第一線の描写は活力があり、現場を理解できない知識だけのエリートには手厳しい。ご当人も東大卒の上級職であるが、スタンスは現場にある、と仰る。内容に対する評価は賛否あろうが、TVで中継を見た記憶のある世代には感慨深い。

変わらないのは、当時も今もマスコミの無定見ぶり。見識あるマスコミ当事者ももちろん少なくないが、時代におもねる人も少なくない。威勢の良いことを声高に叫んでいても、身の危険が迫るとあっさりどこかへ逃げ出す。堀江貴文を持ち上げ、時代の寵児にした彼らが、池に落ちた犬のごとくコレでもかと叩く。我が身を省みれば人様のことを偉そうに言う資格はさらさらないが・・・。

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